緊急特別連載
ー忌野清志郎・伝(1)ー

オレとしては忌野清志郎が亡くなったコトは受け入れないから!

彼はオレの青春そのものだったし、年下なのに師として仰いで来たし、これからもだよ。
忌野さんには一生勝てないし勝つ気もない。
若い頃から希有な天才性を発揮してた彼を見ながら随分まねさせてもらったよ。
まだ恩返しもしてないのに彼が勝手に逝くはずもない。
だから冥福を祈らないし、告別もしない。
オレだけは絶対に忌野清志郎の死は、認めないから。


1971年の今ごろだったな。
渋谷にあった音楽喫茶「青い森」で初めてRCサクセションを見た時の衝撃は忘れようがない!
初期のRCサクセションはリードギターに破廉ケンチ、ベースにりんこワッショイ、そしてボーカルとギターが忌野清志郎だった。
アコースティックギター2本とウッドベース編成なのにソノ迫力たるや!
RC独自のサウンドと一緒に世界中探しても此処にしかない忌野清志郎のボーカルが飛び出してきたときゃ椅子からひっくり返ったよ!
破廉くんのサウスポーギター、真ん中にベースのりんこクン、かならず向かって右はしに清志郎のボーカルとサイドギター。
このステージの立ち位置は、あのザ・ビートルズを彷彿させてくれたもンだ。
だからってモノ真似バンドでは無い!完全なるオリジナル曲をぶつけてくるンだからたまらない!
「烏合の衆」「宝クジは買わない」「2時間35分」「春が来たら」と、どの曲も強烈でスグおぼえた〜が、歌ってみるとキーが高くとても歌えるもんではなかったなぁ。
日本人ばなれした清志郎のボーカル力は観る者を圧倒し固まらせた。
ふつうの音楽は観客と楽しみ、手拍子してプレイヤーと共に一体になってくもんだが、初期のRCはソレらを拒否するかのよう攻撃的なステージを行ってたンで、観客は息をつまらせ、拍手すらするのを忘れたほど。
昼間の喫茶ルームは2〜3人しか居ない時もあり、そんときゃ演奏しないンだからスゴい!ダラダラしゃべってるだけ(笑)。
とにかくヤルことなすことすべて新鮮で、思っきり影響受けてしまったよ!。
それからってぇモンあたしゃ日参したねぇ〜RCの出る日は必ず見に行ったよ。
「あいつまた来てやがる」と疎まれたが、嫌われてもイイから全部見なきゃ気がすまなくなってたもンでよぉ〜泉谷しげる21歳、デビュー8ケ月前の青春?であったのだ。

つづく


長い記述になるンで、いろんな人の協力を得たい。
オレひとりの記憶だとカン違い甚だしいし間違いも多くってよ。
時間経過を探る上で、重複したり繰り返しあったりだが、なるべくコト細かく思い出していきたい。
忌野清志郎の存在を生かしつづける事がオレの果たす役割だと勝手に思ってるンで!。



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